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逃げる太陽 ~俺は名無しの何でも屋!~

逃げる太陽 ~俺は名無しの何でも屋!~

一年で一番長い日 85、86

芙蓉は言った。
「もちろん、何を探してるとかどうしてるとか、そんなことを話したわけじゃないけど。普通、警察官て、外回りっていうのかしら、そういう時は二人で行動するのが原則なんでしょう? だけど見かける時はいつも一人だったの。どうして? って訊ねたことがあるけど、笑うばかりで答えてはくれなかったわ」

そういえば、と俺は弟の葬儀の時のことを思い出した。通夜にも葬式にも当時所属の警察署から何人も弔問に来てくれたが、弟が何をしていてどうしてこうなったのかは、誰に聞いても歯切れが悪く、なんとなくはぐらかされて答えてはもらえなかった。

犯罪捜査に関することだったらしょうがないのかな、と諦めるしかなかったのだが。

「なんか・・・単独行動してたらしい。あいつの同僚はそう言っていた」

俺の言葉に芙蓉は頷いた。
「ええ。夏子もそんなふうに言ってたわ。彼はキャリア組だから現場で苦労してるみたいだって。誰も外回りに連れていってくれないし、ついてきてもくれない。組織ってのは難しいもんだって夏子は苦笑いしてたけど、・・・警察っていっても、やっぱりただの人の集まりってことよね」

「そうかもな・・・」

弟は孤立していたのか。それでも正しいと思うことのために戦っていたのだろうか。たった一人で?

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お前、やっぱり馬鹿だ。俺よりずっと頭が良くてもやっぱり馬鹿だ。

バカの壁

「夏子は彼が何を探っていたのかを知ってたかもしれないわ。でも、あたしがまだコドモだったから、夏子はあたしにそういうことを話さなかったんだと思う。・・・ありがと、葵」

いつの間にかお茶を淹れ直していたらしい葵が、俺と芙蓉の前に湯気の立つカップを置いてくれた。

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眠い。prisonerNo.6は呻いた。何も考えられない。バカの壁が目の前に立ち塞がっている。
読むだけなら多少眠くてもできるが、物事を考えてまとめるのは無理だ。今夜はここまでにしておこう・・・



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普段調子の悪いエアコンと共存しているせいか、ホテルのスイートルームの空調は完璧すぎて少し冷えるかも、などと年寄りみたいなことを考えながら、ふと子供の体調が気になって夏樹の方を見ると、少し離れたコーヒーテーブルで葵と一緒におやつタイムをとっていた。

クマさんの絵のついたマグカップで湯気を立てているのは、ホットミルクだろうか。小さな口いっぱいにブルーベリーマフィンをほおばる姿が、微笑みを誘う。葵が何か言いながらその頭を撫でると、うれしそうに笑っている。

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自然な笑顔だ。そのまま素直な大人に・・・無理だろうなぁ、一癖もふた癖もありそうなこの父にあの叔父では。でも、祖父である高山のように、貼り付けたような作り笑顔が得意な大人にだけはならないで欲しい。

「ああ、夏樹?」
俺の視線をたどって芙蓉が微笑んだ。

「男の子って動き回って大変だって聞くけど、おとなしいのよね。あたしや葵の子供の頃とは大違い。もうすぐ小学生だっていうのに、ちょっと心配」

そう言って頬に手を当てる姿は父親というより母親である。・・・夏子さんという人が生きていたら、そっちの方が父親に見えるんだろうな、きっと。

「大丈夫だよ。いい子じゃないか。葵くんにもよく懐いてるね。初めて会ってからまだひと月くらいしかたってないんじゃないのか? パパと同じ顔でびっくりしなかったのかな」

「不思議そうにしてたけど、すぐ慣れたみたい。葵もかわいがってくれるし・・・また会えてよかったわ、葵にも」

「そういえば、あの店。<サンフィッシュ>で五年ぶりに再会したんだっけ?」
「そうよ。あの時はびっくりしたわ。マークしてた人間は知らないあいだに店から出ちゃったし、なんだかもう、心がしっちゃかめっちゃかだったわよ」

「マークしてた人間?」
誰かを尾行でもしてたんだろうか? 何のために? 
芙蓉はしばらく黙って俺の目を見ていた。

ふう、と息を吐き出して言う。

「・・・話せば長くなるわ。簡単に言うと、あなたの弟さんと最後に接触した可能性のある人間。それの様子をさぐっていたの」

「弟と、最後に?」
心臓が飛び跳ねた。なんだって? どういうことだろう。その人間が弟の死に関係してるんだろうか?

「<ヘカテ>って聞いたことがある?」
「ヘカテ? たしか、残酷な月の女神の名前だったか?」
「残酷? そうね。諸説あるけど、夜の女神の名前よ」

ヘカテ

「あなたの弟さんは、新種のドラッグの流出元を追っていた。<ヘカテ>と名づけられた、紫色した残酷な麻薬を」




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